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ARTIST
陶芸家 釋永岳GAKU SHAKUNAGA

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陶芸作家になるまでの道のり

 富山県中新川郡立山町出身の釋永さんは、越中瀬戸焼「庄楽窯」を継承する家に生まれ育った。元々、立体造形の魅力に惹かれていたという彼は彫刻を目指し、まず東京藝術大学の彫刻家で彫刻を学ぶ。その後、京都府立陶工専門校の成形科で陶芸を学んだ。この頃、日本の伝統工業の一つである陶芸の技法や素材の豊かさに魅せられ、土を素材に表現していくことを決意。2003年、父親の釋永由紀夫氏の下、実家である同じ窯元で見習いを始めるも、「父を目指す陶芸家としてでは終わらず、父を超える陶芸家でありたい」と意を決す。そしてさらなる自分の形を探すために越中瀬戸焼を離れ、富山県の古い町並みが残る岩瀬町にて2006年、独立した。

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 当初は器づくりが苦痛に思える時期や、新作ゆえ世に出る前の作品に自信が持てず、ほんの少しの迷いがあったと彼は正直に話すが、良き理解者に支えられ、少しづつ心に変化が生まれたという。特に、地元富山の前衛的地方料理を提供する「L’evo レヴォ」の谷口英司シェフから、「県外のものを入れず、富山一色にしたい!」と熱望され、自信の作品をまとめて入れていただいたことが機となった。谷口シェフの「コレがいい! コレで大皿頼むよ」の熱い一言が大きな自信を産み、今では自分らしさを追求するために好きな彫刻や立体のオブジェも手掛けながら、これまでに無い陶芸の表現を日々模索している。

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地元富山に居を構える

 明治時代に建てられた家屋が今も多く残る富山県岩瀬町。この町の一角にあるのが、釋永さんの住まい兼工房だ。岩瀬地区は、江戸初期から日本海を行き来する北前船の港町として栄えてきた町。川岸を背に北前船廻船問屋が立ち並んでいた旧北国街道の町並みは、明治時代に建てられた家屋が多く残っており、今も当時の様子が窺える。まるでタイムスリップしたかのようにどこかノスタルジックだ。

 この岩瀬の大町通りには、1878年に建築された国指定重要文化財「北前船廻船問屋 森家」があり、その前に釋永さんの住まいはある。道を挟んで森家側は、海鮮問屋として財を成した家屋が並び、その向かい側は番頭クラスの家屋だったため、建物の部材の質感が道を隔てて異なるとのこと。富山の観光名所としても知られるこの町は、JR富山駅北口から富山市の港町岩瀬に向けて走るライトレールの活躍によって、多くの観光客が訪れているところでもある。

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 しかし当初この家屋は取り壊される予定だったそうだ。歴史ある町並みではあるが、空き家が増えていたのも事実。そこで立ち上がったのが、富山の銘酒「満寿泉」を製造する造り酒屋「桝田酒造店」五代目社長の桝田隆一郎さんだった。岩瀬の町のリノベーションに取り組んで町おこしプロジェクトを行っていた桝田さんは、この家屋が壊される前に「岩瀬で焼き物をやらないか?」と彼に声をかけた。すると釋永さんは、「改修するならきっちりと造り、若手作家のものづくりの場にしたい」と桝田さんの想いを汲んだ。そしてトタン張りのすさんだ状態だった空家を内外共に改修。手入れの行き渡ったその家屋は、釋永さん一家の住まい兼作業部屋へと生まれ変わったのである。

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 釋永さんの住まいに掲げられた木の表札には、雄々しい書体で手彫りされた「岳」という文字。と同時に目に映るのは、岩瀬の伝統的家屋の特徴だという簀虫籠(すむしこ)と呼ばれる簾状の格子。4~5mm巾程に割った竹のスクリーンをびっしりと取付け、繊細且つ優しく軽やかな風合いを醸し出している。昼は外の明るさで家の内側から道路を行き来する人の賑わいや風景が望め、逆に夜は家の灯りで外から中の温かさが感じられる。これが簀虫籠の風情というものだ。玄関をくぐると、風が心地良く通りひんやりと涼しい空間が広がっている。土間には中央に大きなテーブルが置かれ、そこにいくつかの作品が展示されてある。ちなみにここはあくまでも住まいであり、ギャラリーとして常時開放はしていない。見学希望の方は事前のアポイントメントが必要だ。

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 釋永さん宅から約3分歩いたところ、酒屋「酒商 田尻本店」の横裏手に彼の工房はある。元々米倉として活用されていた場を改修し、裏手にはガラス作家 安田泰三さんの工房も連なる。中へ入ると大小2つのガス窯が設置され、所々にその時手掛けられている作品が顔を並べる。こうした日本の伝統的な趣のある場所から、日本人的な発想によって、彼の斬新な作品が次々と世に送り出されるのだ。

釋永さんの生み出す作品とは?

釋永さんの生み出す作品とは?

 では一体、釋永さんの手からはどんな作品が生み出されているのか? 実は彼の作品は、世界にまだ知られていない、日本が誇るべき優れた地方産品として選定された500商材「The Wonder 500」にノミネートされている。そこに選ばれたメイン皿3種は、芸術作品のようでありながら普段使いにもオススメだ。大地の色である茶色、漆の技法を融合した黒、そして真っ白な白磁の皿があり、どれも手にすれば料理がもっと楽しくなるものばかり。なぜなら彼のポリシーは「料理を盛って完結する」作品に仕上げること。料理人の想像力を掻き立てるためシンプルなデザインにしているのだ。特に漆を用い、物映えする黒の「漆黒シリーズ」は、焼き物らしくないレザーのような質感が大きな特徴だ。触れた瞬間に、究極の攻めゆえに成り立つ繊細さが伝わる器。そんな彼の生み出す唯一無二の器は、多くの料理人たちから熱望されている。

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 また、「呑みすぎる盃」も人気作品の一つだ。凛とした美しさが清らかさと貫禄を併せ持つ、シャープな口作りと均整のとれたうすはりの白グラスは、富山の銘酒「満寿泉」との出会いから生まれた。満寿泉のように深い味わいの日本酒をより美味しく楽しむために作ったのだという。手に持てばその軽さに驚き、口元に運ぶとその薄さからスルスルと酒が口の中に流れ、ついつい飲み過ぎてしまう。底へかすかに残った酒には光が反射し、宝石のきらめきのように揺らいでいる。ここまで計算しこだわり抜いて改良を重ねるのはなぜだろう? 釋永さんはただ「自分が使って気持ちいい器を目指している」と話す。

 一方で、今は立体の制作にも意欲的に臨みたいと語る。重なり合う流線の美しさにこだわった新作は、粘土を板状にし、その均一な厚みを利用して成形するタタラ技法を用いてカービングの工程へ。形が出来上がるとガス窯の繊細な温度調整に臨み、その後焼きに入るのだが、彼の作品は焼きで終わりではない。実はそこからが勝負どころで、漆を用いたオリジナリティ溢れる技法によってようやく完成を迎えるのだ。

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新たな日本の伝統として。
今後は世界へアピールしたい

 現在、全国のミシュランの星付きレストランに徐々に採用され、益々今後が期待される釋永さん。TAKAZAWAケンゾーエステートリストランテホンダレヴォレミニセンスリッツカールトンアマンなどに納品実績があり、日本全国、世界各地で開かれる展覧会や個展で活躍。また、WEBマガジンladeでは「器と旅するシリーズ」と題し、世界中のホテルやレストランに器を持って行きコラボレーションするという企画で注目を集めている。世界のベストレストラン50に常にノミネートするアンドレチャンがプロデュースする「RAW」を中心に「ジョエル・ロブション」、「祥雲龍吟」など有名なレストランとのコラボレーションを実現しました。また設計事務所と老舗割烹料理店とのコラボレーションで食事会を兼ねた展示会「釋永岳陶芸展 in 浜松」ではまだまだ認知度の少ない地方都市で多くの集客に成功しています。このように若手陶芸家としてその名を知らしめる釋永さんだが、実は今後、陶芸家としての活動よりもアーティストとしてオブジェの制作に力を入れていきたい想いもある。もちろん、世界を視野に入れて。

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 彼の作品が今後、日本のみならず世界へどのような形で羽ばたいていくのか? 実際、作品オファーのほとんどは口コミが多く、人と人との繋がりを大切にしているという釋永さん。当然、陶芸作家の仕事は日々作品づくりと向き合うことであって、その実現のためには周りからアイディアや協力を得て新たな基盤づくりとプロモーションを行うことが大きな鍵となるだろう。

 最後に、彼がいつも強く言うことがある。「自分なりに伝統を守るということは、過去の模倣だけに留まらず、未だ誰もやっていない最先端の技法を模索し、縛られることなく追求すること。そうすることで先人の築き上げたものに引けをとらない、進化を遂げた造形物を生み出すことができる。もちろん先人の技術や図案を正確に、真摯な姿勢をもって継承することも大切だ。しかし、今を生きる我々の感覚から生まれ、誇りを感じられる焼き物が伝統の一つに組み込まれていくということに、私は制作の意義を感じている。」

参考:富山のノスタルジックな街並み岩瀬にて陶芸家として生きる「釋永岳」/WEBマガジンlade
http://lade.jp/articles/people/37398/


DATA.

陶芸家 釋永岳